蘇州歴史小道
2500年の歴史を刻む水都の彩り豊かな故事を訪ねます。
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蘇州旧市街には、蒋介石の別荘が残る。 今はホテルとなったその場所に伝えられる 蒋介石の秘話とは…。 |
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| 姚冶誠夫人への蒋介石の秘めたる思いとは… | ||
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蘇州十全街といえば、旧市街ホテル街のひとつ。
そこでひときわ敷地面積の広いホテルが、南園賓館。 蘇州市政府の賓客をもてなすホテルだったが、 老朽化に伴い、一昨年全面改修。 蘇州式の庭園と蘇州の白壁に灰瓦のシンプルな建築様式を生かした、 5つ星の優雅なガーデンホテルとして復活している。 その広大な敷地の中央に、「麗夕閣」と呼ばれる館がある。 ここはかつて祭(草冠に祭)貞坊という小さな路地の傍らに 隠れるようにたたずむ館だったという。 「麗夕閣」との華麗な名が語るとおり、この館の女主人は、 蒋介石第二夫人、姚冶誠。 蒋介石は、宋美齢との結婚にあたり、宋家が信仰するキリスト教の 一夫一妻を尊重。それまでの3人の夫人を公けに離別することで、 忠義の証とした。 しかしそれまでの夫婦の情愛を一刀両断に切り捨てることはできず、 特に、情愛細やかな蘇州女性であった姚冶誠を、 蒋介石は忘れることができなかった。 蒋介石は静かな祭貞坊に、 二万銀洋という巨額を投じて瀟洒な公館を建て、 姚冶誠夫人と息子の蒋緯国をここに住まわせた。 蒋介石は蘇州に来るたび、夫人と息子に会い、 夫として、父として行き届いた心遣いをみせたという。 1949年に大陸で敗れ、台湾に潰走するときも この蘇州女性を伴っている。 「麗夕閣」のホールには、 慈愛に満ちた姚冶誠と目元涼やかな蒋緯国の油絵がかかっている。 それにしたも、当時なぜ「麗夕閣」と名づけられたのか。 斜陽の前途をすでに予感していたのだろうか。 美しい名の館は 貴人の秘話を今に伝えてたたずんでいる。 |
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