蘇州歴史小道

2500年の歴史を刻む水都の彩り豊かな故事を訪ねます。


  


民国時代の上海を象徴する建築といえば石庫門
しかし蘇州旧市街にも少なからず洋風建築が残る。

杜月笙が愛した、蘇州同徳里
石庫門といえば上海。
19世紀西洋の影響を受け、
江南の建築様式である儀門に、ヨーロッパ古典様式が加わり、
瀟洒な門構えが上海の路地を飾った。

一方蘇州は、伝統的な白壁に灰瓦の家屋がイメージされるが、
実は民国時代の洋館も少なくない。

五卅路北の同徳里もそのひとつ。
石庫門など民国時代の建築様式を伝える住宅街だ。

ここには阿片商いの半分を牛耳り、
上海の江湖世界で最も勢力を誇った杜月笙がかつて住んでいた。

殺人、悪事は数知れず。
しかし北伐の総司令であった蒋介石を指南し、
その義侠心の厚さは、一般の人々からも支持を得ていたという。

石庫門の建築様式は、太平天国の乱の時に始まった。
蘇州、杭州一帯の富豪、地主などは、
太平天国の忠王李秀成によって壊滅的な打撃を受け、
誰もが争って上海の租界に逃げた。

土地は非常に緊迫。伝統的な江南の邸を設ける空間の余裕はない。
結果、門を入れば小さな庭、その後に客室を設け、また背後に庭、厨房を作った。
つまり小市民の家屋に甘んじ、
石門他、西洋の様式を取り入れることが個性を主張する場のごとく、流行する。

蘇州の同徳里は、70年の歳月を経てかつての瀟洒な面影はなくなり、
昨年末から、改修工事に入った。

建築当初の面影を再興するという。
杜月笙が見れば、どのようなひとことをもらすだろうか。
以前の同徳里は足を踏み入れると、
民国の瀟洒と闇のにおいが立ち上ったことだろう。

紅レンガの連なる工事現場に立ち、崩された瓦礫を見ながら、
「花様年華」の記憶をひとりしき探ってみた…。

ブログ 「蘇州とんぼ、水辺の街通信」

   

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